2017年07月20日  作品別感想 

鷲尾須美は勇者である 第3章 感想

第1章感想
http://namaanime.blog.fc2.com/blog-entry-132.html
第2章感想
http://namaanime.blog.fc2.com/blog-entry-134.html

 第1章と第2章との公開日が20日ほど空いているのにたいして第2章と第3章が3ヶ月も空いていた分期待度が高まっていた。楽しみを減らさないため内容に関わる感想を見ないようにしていたのだが、少しだけ見てしまって、序盤の重苦しい空気の場面が良いという情報を持っていた。これは上映直後から気が抜けないな!集中力を高めた私が初めに見たもの、それは『結城友奈は勇者部所属』であった。
 そうだ、これがあったんだった!忘れてた!!ゴジラを見に来たらハム太郎が始まったような脱力感。演劇の話なのに演劇が飛ばされていたし、デフォルメ作風なのに女体をアピールしていたから、多分ひなこノートか何かだったんだろう。
 だから、シリアスBGMを、ギャグに、使うの、やめろ!!いい加減にしろ!!人が嫌がることをしてはいけないと小学校で習わなかったんですか?

 気を取り直して本編。話に聞いていた序盤の場面は葬式だった。これが長くて、体感時間で10分以上暗く閉塞感がある場面が続いた。神のために死んだのだから良かったしむしろうらやましいという考え方は(多分)日本的で、こういうのが見られると日本に生まれたかいがあったなあと思う。
 鷲尾視点のようなカメラアングルで遺体を映す場面が良い。体全体を見ているのではなく顔ばかりを見ている。確かに葬式の時の視線ってこういう感じだ。
 葬式途中に敵がやってきた。毎回のことだけど嫌なタイミングで来るなあ。だがそれが良い。視聴者が画面に見入っているタイミングを見計らって音楽と映像をピタッと止めて驚かせてくる。とても上手かったので心の中でガッツポーズをしてしまった。
 規律を重んじる性格から感情を抑えていた鷲尾もさすがに激昂。抑えきれなくなったのもあるだろうし、周りの時間が止まったので人目を気にしなくてよくなったのも影響しているかもしれない。
 前評判通り良い場面だった。けれども、これまでのシリーズで完全に無言だった大赦の人が普通にしゃべっている絵の面白さに集中力の半分を持っていかれていた。いや、あれは面白いでしょう。

 中盤からはあの悪名高い満開が登場するけれど、やや淡々と進んだ印象だ。『結城友奈』に繋がる話としてこなさないといけないタスクが多いことが原因かもしれない。

・リボンを手渡される
・鷲尾が2回満開して脚と記憶を失う
・園田が「世界の真実」を知る
などなど。

 それに、園田は「満開の副作用を知らずに友達と別れる」ことが決定しているのだから、あっさりとした幕切れになるのは仕方のないことなのだろう。

 ともかく中終盤は少し物足りなさを感じた。これはテレビ放送の先行上映という形式のためと思われる。クール前半のモヤモヤ感はきっときっと後半の布石なのだろう。今は放送を待とう。

 つまらなかったと言う気はない。神樹空間のカラフルさ、花びらの細かい動き、声優の熱演を映画館の環境で楽しめたことはとても良かったと思う。


■余談1
 シリーズの象徴である満開と一緒に返ってきたものがある。樹海化警報だ。これもまたシリーズに絶対必要な存在なので、久しぶりにその音を聞けて嬉しかったし、心の中でガッツポーズした。放送時は憎かったはずの音なのに離れると恋しくなるのは不思議なものだ。
 樹海化警報「ピロピロピロロン」
 私「おかえり!!」

■余談2
 満開後の鷲尾が「あなたは誰?銀はどこ?」と言っていた。どういう風に記憶を失ったのだろう?台詞から考えて新しい順や古い順に記憶が消えていくわけではなさそう。この後全ての記憶を失うことを踏まえると、ある程度の時間をかけてランダムに消えていくのかな。写真が燃えていくイメージ。

■余談3
 EDをしっかり聞いていた。歌詞というより声を。普段より幼い芝居をしているから声優聞き取りセンサーが上手く働かない。誰が歌っている?やがてED曲情報のテロップが流れてきた。鷲尾と園田が歌っているとわかった。良し!それで良し!!銀は死んだ、もうEDを歌うこともできない。最後の最後にそれを誤って3人曲にしたりしてはいけないのだ。

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2017年04月27日  作品別感想 

映画 鷲尾須美は勇者である 第2章 感想

 三ノ輪銀生きてくれ、と思って映画を見た人はいるだろうけど、生き残るに違いないと思っていた人は多分いない。原作小説を読んだ人はもちろんわかっているし、『結城友奈』に3人中2人しか登場しないことから何となく察した人もいるだろうし、第2章の予告やポスターは「死にますよー」と言っているようなものだから。Wikipediaにも載っていることだし。

 公式にここまではっきり死亡宣言されると焦点は死ぬかどうかではなくどのように死ぬかである。この作品においてそれは、どのタイミングで樹海化するかということを意味する。そういう点に注目しようと決め気を引き締めて臨んだのだが……いやー序中盤はゆるい展開でしたね。
 これ本当に人が死ぬ作品か?と思うくらい、時間が経つほどに緊張感がなくなっていった。今思えば、こういう風にギャグでシリアスを粉砕するのは岸監督の得意技だったか。失敗することも多い演出だけど、今回は先の展開への警戒心を解く効果があって良かったと思う。

 さて、注目の樹海化タイミングはいつか。楽しい時間を遮ってこそ樹海化は映える。クラスメイトとのおしゃべり、食事、家族と戯れる時間、腹を割った思い出話。容赦なくぶった切るには最適のイベントがどんどん無事に過ぎていく。それは、イベントを全てを無事終わらせ、毎日が続いて行くと信じ切ったその瞬間だった。なるほどなぁ~~~~~。ぶった切るんじゃなくて、全部終わってからなんだなあ。

 停止する鳥の寂しさ。『結城友奈』に比べてこの作品には樹海化警報が無いのが残念だとずっと思っていたけれど、この場面については無音で良かった。それと赤い夕焼けの魔力。
 「終わり」みたいなものが見えた気がした。

 私が描いた最悪のシチュエーションと全然違うものが飛んできた。さらに、滅びが好きな私が、死ぬのを見に来たはずの人間のことを死んでほしくないと思ってしまった。この映画には全局面で圧倒されてしまったなあという思いだ。

 語るべきポイントはもっと沢山あるのかもしれないけれど、最大の焦点だと思っていたことについて話せたのでこの記事は満足。でもあと1点だけ。

 バーテックスを倒した後、光が消えたように白黒になった寂しい樹海。巨大な敵と戦っているときは大きく見えた少女が、今は広大な空間で小さく小さく存在している。それがとても美しく思えた。

 やっぱり勇者シリーズは美しいんだ。

2017年04月11日  作品別感想 

映画 鷲尾須美は勇者である 第1章 感想




 映画を見る前の『鷲尾須美』の事前知識は、『結城友奈』公式HPで連載されていた手記を読んだことと、Wikipediaの作品ページを読んだことくらい。どんなキャラが出るのかくらいは知っているけど、細かい話の流れまではわからないという感じだった。
 だから数少ない知っている点である手記がしっかりアニメ化されていたのは嬉しかった。あそこ声がつくとああなるんですね。あの不穏な感じがとても好き。作品の雰囲気を作り価値を高めていると思う。

 一番上に書いたように、勇者シリーズのことを特別好きでもないし、特別面白いとも思っていない。ただ、美しい作品だなと思ったことはある。
 絵柄が美しい。音楽が美しい。キャラの顔や立ち姿が美しい。樹海が美しい。そして、友情が美しい。
 数年ぶりに見る勇者部ということで、樹海やバーテックス、コーラス付きのBGMなど、何かが出てくるたびに懐かしさを感じていた。特に懐かしかったのは起立礼のあと着席せずに向きを変える生徒達(児童達)ですね。私はあれこそ勇者シリーズの代名詞だと勝手に思っている。
 樹海化警報が聞けなかったのは残念だった。

 と・・・鷲尾須美ちゃんは友達作り苦手真面目ちゃんかわいい。合宿を経て仲間との距離が近付いていくのは見ていて幸せになれたし、ラストの場面で余裕がなくなったような様子で仲間の名前を呼んだところは「かわいい生き物」であった。
 共感しやすかったのは私自身も人付き合いが苦手だからだろうか。私も早く心を開いて「かわいい生き物」になろうと思います。

 メインキャラが小学生でやや声が幼いことと、戦闘シーンが続きずっと大声を出していたので、ちょっと耳がキンキンしてしまった。これは作品というよりも映画館に原因があるのかな。
 耳がキンキンしたといっても声優に問題はないし、むしろ頑張ってくれていたと思う。ぽわぽわ&方言キャラの得意系なんだけどいつもより低年齢感を加えてちょっと新鮮な花澤香菜。歌も演技もだんだん茅原実里みたいに思えてきた三森すずこ。
 そして花守ゆみり。忘れかけていたけれど元々花守ゆみりを見にこの映画を見に来たのだった。多少先の展開を知ってる身として、"こういうキャラ" 界の黄金ルーキー花守が"こういうキャラ"を演じるのを目と耳に焼き付けたくて。("こういうキャラ" がどういうキャラなのかはご想像にお任せします)

 趣味が悪いことはよくわかっている。もしかしたら私の中の趣味が悪い部分が勇者シリーズに興味を持っている理由なのかもしれない。
 上で勇者シリーズは美しいと書いたけれど、明るい感じの美しさだけでなく、暗い感じの美しさもある。美しいものが壊されていくことや、絶望的状況で壊されまいとあがく姿に美しさを感じることもまた事実。
 そういう意味で、もしかしたら『鷲尾須美』は(第2章くらいまでの)先の展開を知り、絶望の前の美しい日常を愛でるのも1つの楽しみ方なのかもしれない。情報を伏せずに、次回予告や第2章のポスターでどんどん情報公開していっているのは、そういう楽しみ方ができるようにするためだったりするのかな。

 先の展開を多少知っているとはいえ、第3章がどのような内容になるのか全然知らない。勇者シリーズには欠かせない"アレ"もまだ出てきてないし、勝負所はまだまだこれからでしょう。
 劇場版の公開日程が、第1章と第2章の間は狭く第3章までの間が大きめに空いているのは、第2章までがどんな物語なのか隠すつもりはないしどんどん出していくけど、第3章の情報はシークレットにするから楽しんでね、という意味ってのは考えすぎかしら。考えすぎなんでしょうね。






■余談
昔Wikipediaでは物語の核心に触れる内容の前後に注意書きをしてくれていたのだけれど、議論の末そういう配慮はやめて堂々とネタバレを書く方針になったらしい。アニメの情報を調べに行ったらネタバレを食らうこともしばしば。ちょっと困るけど仕方ないか。
↓参考リンク
Wikipedia:ネタバレ

これを読んでいる皆さんも気を付けてくださいね。
あ、今回見た映画のページへのリンクをここに置いておきますね。(責任は持ちません)
鷲尾須美は勇者である - Wikipedia
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アニメの感想を中心に私が色々なことについて投稿するサイト。
名前は生だけどアニメは録画して見る。

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